第28回ESRI経済政策フォーラム
「最近の賃金・雇用動向の背景と労働市場改革の課題」(概要)

平成19年2月
経済社会総合研究所

本フォーラムの概要について、事務局の責任により以下のとおり取りまとめましたので、ご参照ください。また、議論の詳細については、議事録をご参照いただければ幸いです。

  • (開催日時)平成18年12月18日(月) 13:30~15:50
  • (開催場所)東海大学交友会館(霞ヶ関ビル)
  • (プログラム)
    • 1.開会挨拶
      黒田 昌裕 内閣府経済社会総合研究所長
    • 2.基調講演
      大田 弘子 内閣府特命担当大臣(経済財政政策)
    • 3.第1セッション
      プレゼンテーション
      自由討議
      会場との質疑応答
    • 4.第2セッション
      プレゼンテーション
      自由討議
      会場との質疑応答
    • 5.閉会
    • (パネリスト)
      小林 良暢 グローバル産業雇用総合研究所所長
      樋口 美雄 慶応義塾大学商学部教授
      八代 尚宏 国際基督教大学教養学部教授、経済財政諮問会議議員
      ロバート・A・フェルドマン モルガン・スタンレー証券株式会社チーフエコノミスト
    • (モデレーター)
      黒田 昌裕 内閣府経済社会総合研究所長
  •  冒頭で黒田所長から開会挨拶があり、次に大田特命担当大臣による基調講演が行われ、続く第1セッションと第2セッションにおいてはパネリストの方々によるパネルディスカッションが行われた。また、聴衆の方とパネリストによる質疑応答が行われた。

1. 基調講演

「最近の賃金・雇用動向の背景と労働市場改革の課題」 (資料参照:(PDF形式 181 KB)別ウィンドウで開きます。

(大田大臣)
  • 安倍内閣が発足して約3か月、経済財政諮問会議ではいろいろな課題について集中審議を行った。その成果をもとに、来年初めにはこれから5年間の新しい経済財政政策の中期方針を策定するが、策定に当たって前提となるのは来年以降の経済動向であり、鍵を握るのは企業部門の好調さの家計部門への波及である。景気回復の持続可能性をみる上で、また、経済財政政策の重点の置き方を考える上でも極めて重要な鍵となる。

  • 今回の景気回復は2002年初めに始まり、戦後のいざなぎ景気と並ぶ程であるが、景気の実感がないという声がある。この間の実質経済成長率は年平均で2%程度という低い水準だが、バブル崩壊後の長い経済低迷の後で負の遺産を解消しながら5年間にわたり景気回復を続けてきた。今回の景気回復は企業が雇用過剰、債務の過剰、設備の過剰を解消する中での回復であり、その結果、企業の体質は強化されて利益を上げやすい環境がつくられた。

  • 企業の損益分岐点比率は、最近では90年代半ばの90%代から80%を割る水準まで低下し、少々の経済変動には耐えられる体力になった。売上高経常利益率もバブル期を超える水準にまで上昇し、企業部門の好調さは時間的な遅れを伴ったが次第に家計にも波及した。失業率は2003年4月のピーク時で5.5%、最近は4%程度まで改善している。

  • マクロで賃金コストを1人当たり賃金と労働者数で見ると、2004年に雇用者数がまず増加に転 じ、2005年に1人当たり賃金もプラスに転じたことで05年前半に雇用の市場が変化したと感じられる時期があったが、今年半ば以降は実質雇用者所得の伸びは鈍化し、その動きと合わせるように消費の伸びも鈍くなっている。今年の夏以降はゼロ近傍の横ばい、実質現金給与総額は押し下げ要因に転じている。

  • 企業収益が好調であるにもかかわらず賃金が伸び悩んでいる背景、そして賃金の下押し圧力として次のことが考えられる。

  • 第一は、企業が雇用や賃金を決定する際の姿勢の変化である。リストラを進める過程で非正規雇用を増やすことで雇用者の平均賃金水準が抑制され、労働分配率が低下した。労働分配率の高さはバブルの前後から日本企業の構造的な問題であった。

  • また、従来の年功序列型賃金から成果主義賃金への移行が人件費を抑制し、さらに賃金交渉過程での労働組合の力の低下が賃金の上昇圧力を弱めている可能性もある。

  • 第二が、人口構造の変化である。高齢化により企業内部でも年齢構成が変化しており、2007年には団塊世代が60歳の定年年齢に到達し始めるが、既に団塊世代のリタイアは始まっており、比較的賃金が高い層に代わって若年層が増えて賃金の押し下げにつながっている。

  • 第三が、グローバル化、IT化などによる経済環境の大きな変化である。

  • 賃金の動向は、経済動向以外にも様々な構造的要因が背景にあると考えられるが、現在の賃金決定メカニズムに決定的な影響を及ぼしているのは何か、なぜ企業の好調さが家計部門に波及しないのか、その背景として労働市場に何が起こっているのかについて

    1. (1) 雇用、賃金に対する企業の姿勢の変化の影響(非正規雇用化、成果主義賃金の導入、企業のガバナンスの変化が企業の雇用・賃金動向に及ぼす影響)
    2. (2) 経済構造や人口構成の変化がもたらす影響(高齢社員の退職と新規学卒者の採用増、経済のグローバル化による労働集約的な財の輸入、IT化が及ぼす影響)
    3. (3) マクロ経済的な視点(自然失業率、NAIRU(インフレを加速しない賃金の失業率の水準)、自然失業率の水準、現在の労働分配率の適正性)
  • 以上を踏まえた上で、景気改善が企業から家計へと波及するための重要なポイントについて議論 してほしい。

  • 80年代後半から90年にかけて、日本経済を取り巻く環境は大きく変わった。IT革命の伸展、アジア諸国の成長、世界的な低賃金労働者の市場への出現、低価格競争の進展があり、また、国内では高齢化が本格化した。日本経済は大きな環境変化に対応する必要があったが、バブル経済と後処理に追われ新しい経済の仕組みづくりが遅れた。今後は大きな環境変化に対応した経済の仕組みづくりに入る時期である。

  • 小泉内閣の改革は日本経済の重石を取り除く改革であったが、安倍内閣の改革は日本経済の新たな可能性を開こうという改革である。日本経済の成長基盤をつくるにはこれからの数年間がラストチャンスであり、諮問会議では、これから5年間を新しい成長経済への移行期、2年間を成長経済への離陸期と考えて、7つの重点改革分野で議論を行っている。

  • この10年以上の経済低迷の間に終身雇用、年功序列を基本とする考え方は大きく変わり、中途入社、中途採用、転職がごく一般的になり、パートも増え、ニートやフリーターと呼ばれる若い層も増えているが、この労働の変化に対応した仕組みはまだ十分につくられておらず、格差の拡大の懸念など、様々な問題を生じさせている。

  • 今後、労働力人口の減少が加速し、経済のグローバル化も進む中で働きがいを持って働ける状況、働くということ学ぶということを複線型で設計できるような社会の構築、そしてそれを経済活力と両立させる方策が必要である。諮問会議では専門調査会を設置し、これから10年程度の中長期的な労働市場改革のあり方を検討していく

(モデレーター)
  • 第一は現在の労働市場における賃金や雇用の動向であり、これからの政策決定の中で非常に重要な課題となること、第二は現状認識を踏まえてさらなる発展をするための労働市場を含めた今後の改革について、御提案をいただいた。

2. 第1セッション

【プレゼンテーション】

(樋口美雄) (資料参照:(PDF形式 125 KB)別ウィンドウで開きます。
  • 企業の経常利益拡大と雇用者報酬の低迷はSNAの統計等々において動きが見られる。93年から98、99年ぐらいまでは雇用者報酬が上昇するときは経常利益も上昇しており両者間には平衡関係があったが、2000年ぐらいから大きく変わって、経常利益は上昇しているが雇用者報酬は低迷、低下している。

  • 他方、労働分配率では、景気がよくなると企業利益が上がって分配率が下がり、逆に景気が悪くなると人件費が固定化しているため分配率が上がる。98年ぐらいまではその関係が見られたが、99年を越えたころから景気が悪いにもかかわらず分配率が下がって従来とは違った動きとなった。

  • 労働市場については、70年代のNAIRU、自然失業率というのは2.43%であったのが80年代3.3に上昇し、そして90年代以降については3.95である。足元の失業率の方は4.1、4.2という数字でありほぼ完全雇用の状態に達成している。需給はバランスがとれる程度になってきており、雇用の伸びが見られた。

  • なぜ賃金は上がらないのかは、一般労働者とパートタイム労働者の構成比がまず変化したことで、賃金の安いパート労働者が増えればその分だけ全体の平均賃金は下がる。98年の第1四半期から2005年の第4四半期までについて、1人当たりの現金給与総額の推移を見ると8.1%ほど名目で下がっている。このうち6.2%は賃金の低いパート労働者の構成比が上昇したことで説明される。

  • 規模別の売上高経常利益率では、大企業(資本金10億円以上)においては2005年の段階で既に5.2%の経常利益率で過去最高の水準だが、中小企業では依然として低迷が続いており、企業規模間の差が見られる。また平均賃金については、大企業では上がっているが中小企業、零細企業はそうでない。

  • 労働者の構成比では、従来、賃金構造基本調査が個別の労働者銘柄について賃金を発表してきたが、指数を見ても男女計で99年からずっとマイナスが続いている。

  • 現金給与総額、所定内給与、残業手当、特別供与、ボーナスで見るかで、大分違ってくる。現金給与総額で全体として見ると、緩やかな増加傾向が今年になっても見られる。ただし、所定内給与では今年に入ってから若干の減少、一方では残業時間が延びることから所定外、残業手当は増加している。ボーナス、特別給与も緩やかに増加しているが、企業規模によって大きな違いがあり、特別賞与は大企業では大きな上昇、増加が見られるが、それ以外では状況が違う。

  • また、労働者の構成比が変わることによって起こっている所定内給与の減少は、パート比率が大きく上昇したということが寄与している。

  • 地域間の問題というのが非常に大きい。東海地方においては有効求人倍率が1.8で、一方の青森あたりでは依然として0.5を切る厳しい雇用情勢が続いている。マクロの議論と地域の議論にはかなり大きな違いがある。大都市圏の方では人手不足の状況だが、地方では依然として雇用情勢が厳しい。全体としては失業率がほぼNAIRUの水準になって需要と供給が見合うようになってきているが、正社員と非正社員の格差問題、あるいは地域間の格差問題を考えていかないと、マクロの議論がミクロレベルでは通用しない。

  • 逆に、ミクロレベルにおいては受給、経常利益と賃金が連動していたとしても、規模間、地域間において経常利益に大きな差があるとなると、集計した結果のマクロにおいてはなかなか理論どおりには動かないというようなことが起こる。

(小林良暢) (資料参照:[1]PDF形式 123 KB別ウィンドウで開きます。[2]PDF形式 67 KB)別ウィンドウで開きます。
  • 政府発表の賃金統計や給与統計を見ると毎勤統計の賃金総額は停滞しているが、法人企業統計の従業者給与の方は今年に入って増加基調にある。全体として企業の業績が改善しても賃金への配分が十分ではないということで、個人消費も賃金統計もまだら模様であり、幾つかの要因がある。

  • 第一は、統計そのもので、サンプルの問題である。(中小企業にバイアスがかかっているか、否かで異なる。)

  • 第二に、大量定年退職と新卒採用抑制の代替効果のギャップの問題である。賃金が3、4倍違うので賃金原資は少なくて済む。労働組合は昔から内転率と呼んでおり、全体として総人件費の抑制効果をもたらしてきた。

  • 第三に、賃金と雇用に決定的な影響を与えている要素については、二つの要素が複合しており、短期的にはボーナス効果、構造的な要素では雇用の非正規化である。

  • 日本の三大産業(鉄鋼、電機、輸送用機械)について、売上の中に占める付加価値の比率の変化を1960年から2005年まで見ると全体としては落ちてきており、90年代以降に電機産業がずっと落ちてくるが、自動車産業では付加価値率が上がっている。

  • 三大産業の労働組合は、70年代以降の我が国の賃金を仕切り、賃上げ率も横並びできたが、90年代に入ってからは付加価値を巡る状況に変化が起こり同じ賃上げ率が難しくなった。賃上げは低い方の鉄鋼、電機に合わせるが、自動車の組合は納得しないのでその成果配分は一時金でと、企業労使のビヘイビアが変化した結果、ボーナスは業種・企業によって大きな差が生じることとなった。

  • 大企業はかつての年間17か月賃金から2002年以降には5か月の一時金がとれない産業が出てきたが、去年から今年にかけ景気の回復に伴って5か月のボーナスに戻ってきた。ただ、中小企業はまだまだであり、非正規社員には元々ボーナスがないことから所得の差が出て、消費に関してもまだら模様である。

  • 次に、雇用の非正規化という構造的な要素がある。電機産業の国内工場におけるトータル雇用数において、90年代に正規雇用は減っているが非正規雇用は逆に増加し、全体として雇用数は横ばいということで、90年代における雇用リストラとは雇用の削減ではなくて、正規から非正規への代替であった。日本を代表する大企業の工場では、非正規雇用比率が70%、80%のところもあるくらいに拡大しているが、このような労働者は日本の賃金統計には直接現れない。

  • 今までは正規労働者だけの賃金統計だったが、今年の賃金センサスでは非正規労働者編(賃金センサス第5巻)が出され、企業が直雇いしている非正規労働者だけの賃金実態が明らかにされた。しかし、派遣労働者や請負労働者の公式の賃金統計はまだという現状は変わっていない。

  • 年収300~400万円の層が雇用の非正規化とテンポラリー化によって賃金所得が100万円ぐらい低下しているのが現状であり、格差社会ということかと思う。正規と非正規に分断された賃金構造の是正、分断構造をもう1回再配分するような施策を講じる必要がある。

(ロバート・A・フェルドマン) (資料参照:[1](PDF形式 325 KB)別ウィンドウで開きます。[2](PDF形式 319 KB)別ウィンドウで開きます。[3](PDF形式 373 KB)[4](PDF形式 361 KB)別ウィンドウで開きます。
  • 最初に、統計データについてはサンプルの問題、また、賃金に関する統計、消費に関する統計がチャンポンになっているという感じがある。加えてデータの質の疑問もあり非常に混乱する。日本の統計の国際的な信頼を取り戻すことがポイントであり、特に量のデータと賃金のデータとの整合性が求められる。

  • 二番目は、我々の使っている経済モデルが正しいかである。いざなぎ景気と今回の景気における在庫サイクルを見ると、いざなぎ景気のときの生産の伸び率と在庫の伸び率は収益最大限という原則から在庫の伸び率の方において非常に変動性があった(生産調整には経費がかかるが在庫調整には余り経費がかからない。)が、今回の在庫循環は逆で生産調整の方が変動になっている。2003年の春あたりがピークのように見えたがその後は右往左往し、企業が収益最大化をやめたのかと思うほどだが、生産調整コストと在庫調整コストが逆転した。商品のサイクルが非常に早くなり企業も在庫は持ちたくないためであり、今までの循環の中で賃金を考えようとすると読み違える。正しいモデルの使用が非常に大きなポイントである。

  • 利益率(企業マージン、経常利益対売上比率)については今非常に高いと言われて、過去最大の水準になっているが、海外のデータを使って整合性のある比較をしても日本の収益率はまだ低く、正しいモデルを使っているのか疑問である。

  • 三番目はフォーカスであり、賃金の議論の中で日本経済が直面している本当の問題をもとに議論する必要がある。高齢化により雇用者の数がより減少することから業界でも資本装備率を上げる必要があり、賃金体系がこの資本装備率の引き上げに貢献するかどうかがポイントになる。無理に労働分配率を上げて設備投資ができなくても逆効果であり、バランスが求められる。

  • 所得については、企業から家計への賃金が大事だが、一方では金融所得も大事である。所得の高い活動、付加価値の高い活動をいかに促すかであり、金融所得を増やすために金融問題ではなく実態経済や、業界産業の規制緩和を徹底して行う必要性がある。

  • さらに労働所得の問題では、高齢化社会においては第2の仕事のための教育制度が必要であり、40歳定年説を提案する。今は年金制度によって奴隷になってしまっている人が多いが、ある時期で次の人生を考えるという制度をつくっておかないと労働者も自分のスキルを獲得しない。

  • また、地域の活性化が必要ということについては、都心に集中しすぎた人たちが逆戻りするような制度も必要である。

  • 最後に、経営者のおしりを蹴ることも必要である。高利益率を出す企業は高賃金を払っているが、賃金を抑えての利益率ではなく、資源を再配分した経営による高賃金であり、経営に対してのガバナンス、経営がより競争にさらされるような企業制度が必要であり、これも賃金の引上げの鍵である。

(八代尚宏) (資料参照:(PDF形式 226 KB)別ウィンドウで開きます。
  • いざなぎ景気を抜いてこんなに長期好況であるのに賃金が上がらないのは、だれかが搾取しているに違いない。そこを正せば良いというような単純な考え方は誤りである。

  • 2002年初めから戦後最長の景気だが、本邦初のデフレの中での持続ということで資本ストック、在庫ストックも溜まらずに景気調整圧力もないために長期に渡って持続しているわけで、単に景気上昇の期間が長いから好景気だということにはならない。雇用需要が余り増えない形での長期の景気上昇であることが第一のポイントである。

  • これまでの日本の雇用需要パターンは基本的に正規労働者中心で、90年代初めのゼロ成長下でも平均して正規雇用者が増えて、非正規はほとんど増えていない。これはバブル期の反動による一時的な不況であり、いずれ好況期に速やかに戻るという前提で企業は大量採用をしていたが、97年以来、財政の問題や東アジアの危機によって再び成長率が大きく落ち込んだ。企業においても単なる景気循環ではなくて構造的な問題であるとの認識が強まったのが97年以降で、それが雇用需要に現われてきたのが98年であり、正規雇用が大きく減り逆に非正規が増えてきた。

  • 規制緩和があったから企業が安上がりの非正規労働者を使ったと言われているが、基本的には経済成長の低下が大きい。一時的な不況であれば企業は正規雇用者を抱え込めるが、長期的な不況では企業も労働者も共倒れになってしまうので、正規雇用者を減らすという雇用調整が必要と認識されたのがこの時期である。

  • グローバル化の影響もある。輸出中心の産業は需要が増えて雇用者需要も強いから賃金が上がるが、逆に輸入代替にさらされる労働集約的な企業では、需要も減り、労働者も減り、賃金も減るという二極化現象が、企業ベースでも起こっている。

  • 労働分配率も、日本では景気変動にもかかわらず雇用調整が難しいので景気循環によって大きく影響される。均衡に達したことで労働分配率の低下がとまる保障はないので、ある程度オーバーシューティングが起こる可能性はある。

  • 制度部門別に貯蓄投資バランスを見ると、90年初めのあたり家計部門は貯蓄超過、企業部門は投資超過、政府と経常収支はほぼ均衡しており一つの理想的な状況だったが、この後急速に企業貯蓄が増えだした。90年代の初めは企業の不良債務の償却、借金を返済する形で企業貯蓄が増えていたが、それが終わった後も依然として企業貯蓄が増え続け、逆に家計貯蓄は減っている。アメリカのような双子の赤字ではなくて、日本では財政が赤字だが経常収支は黒字ということで、最大の原因は法人貯蓄である。

  • 法人貯蓄から家計の方に波及しないのは、基本的には雇用需要が冷え込んでいるから賃金が上がらないためで、賃金を上げるような雇用需要の増加や、高齢化により労働力が減り需給が逼迫した結果による賃金への反映、そこが一番大きなポイントである。

  • 高成長期の下では売上高が増えて企業の利益が上がり、企業はさらなる利益のために生産を増やし労働者を雇うという構図だったが、今回はバブル期後の低成長に適応するために企業がリストラをしたことで利益を得ているという状況である。企業は景気の先行きに非常に慎重であるが、これは景気のかなりの部分を海外に依存していることで、企業が国内の生産活動から十分な利益を得ていない面がある。国内で需要と雇用を生み出す内需指導型の経済体制にしていく必要がある。

  • 正社員の雇用保障のコストが非常に高まってきたことで非正社員へのシフトが進んでいるが、これは不況になった際に雇用維持コストを減らしやすいためで、いわば不況期の調整に重点を置いた事前の雇用調整である。

  • 賃金コストは賃金だけではなくて生産性と合わせたものであり、高い賃金でもより働いてもらえば結果的に企業の利益は高まる。単に賃金が安ければいいというのではあまりにも未熟練労働者ばかりという前提で、誤った認識からきている。企業から見て大事なのは賃金水準よりも不況期の雇用保障コストであり、これが高成長期と比べて停滞期では高まっているという認識があるので、これを変えなければ正社員の大幅な増加は起こらない。

【自由討議】

(モデレーター)
  • 賃金の上昇が弱含みという状態、一方では企業の経常利益が大きいにもかかわらず賃金上昇に結びつかない現象についての共通した認識は、90年代を経て日本経済が大きな構造的な変化を強いられたことである。今後の経済成長の中で企業の利益から労働側への利益につながり得るようなプロセスと構造的な背景について、どう理解したらよいのか。

(樋口)
  • 97年と98年には大きなターニングポイントがあった。企業収益と賃金の動向、正社員と非正社員の推移、さらに男女別の雇用者数において大きな変化があり、男性の方は97、98年が雇用のピークでその後は減少し、逆に女性の雇用が伸び続けている。一つは産業構造が大きく変わったことで、女性の雇用者比率が高い介護、医療、サービス業等の雇用が伸びてきている。

  • それと同時に、賃金においても大きな変化が起こっている。女性が増えたがほとんどは非正社員の増加であり、正社員の方は労働時間の調整だが、非正社員の方は人数での調整である。所定外の給与の増、ボーナスも正社員にだけ支払うことで人件費の固定化を極力回避することが、構造変化というような形で98年から起こっている。

  • 企業の不況によって過剰雇用が発生しているという思いが企業経営者には多かったが、98年からは構造的に特にグローバル化の影響やITの影響というものを強く意識するというような体質に変わってきたことが固定費化を回避したいという気持ちを強め、その結果、正社員については時間の調整、残業時間の調整ということが起こっている。

(モデレーター)
  • 正社員の時間による調整は、終身雇用制がもっと活発であった過去においても不況の時は、良く観察されていたが、最近は非正規化という形での調整が必要になってきたのは何故なのか。

(樋口)
  • 一つは、正社員についての雇用保障の問題があって、人を増やすことがそのときのレイバーインプットを増やすだけではなく、その後にも影響を残していくというような気持ちが経営者に強いのではないのか。

  • それと同時に、非正社員が伸びた結果により正社員の比率が下がるので、時間の調整を行う場合、今まで以上にそれが強く正社員の労働時間、残業時間の延長というような形で広がる。正社員についてはかなり高度な責任ある仕事が、その一方、非正社員については単純な仕事という徹底した割り振りが行われ、非正社員が増えることで無理のきく人たちが減っている。賃金の問題と同時に、労働時間についても二極化の問題として考える必要がある。

(モデレーター)
  • いろいろな構造的な変化が労働市場にあったということだが、企業利益が家計にまで行き渡るような調整期間が必要であり、現在はその調整のプロセスであると理解してよいのか。

(八代)
  • イエス・アンド・ノーである。時間さえかければ雇用調整は可能だが、今の制度の下では不必要に長い時間がかかる。制度改革を急がなければという認識である。

  • 単に産業構造の変化だけではなく、企業の考えている期待成長率の低下が大きい。日本の雇用慣行は、長期雇用保障、年功賃金であり、雇用を安定させる上で極めて良い働き方だという認識があるが、高い成長があって初めて可能なわけで90年代以降は通用しなくなり、企業が認識し始めたのは98年からであった。

  • その意味で正社員から非正社員への代替が急速に進む一方で、正社員と非正社員間の格差は非正社員の正社員化でなくせとの意見があるが、極めて非現実的な考え方である。企業は不況期には労働時間調整もさることながら、非正社員であるパートを調整弁にして正社員の雇用を守ってきた。正社員と非正社員との格差自体は企業内労働市場に不可欠の存在である。規制改革であらたに生まれた格差ではなく、長期経済停滞によってもともとの格差がクローズアップされるようになったのが現状であり、低成長の下ではこれを調整するためには長い時間が必要になる。

  • 正社員と非正社員の格差をなくすためには、雇用保障のある正社員は残業、配置転換、転勤など無理がきくのだという企業側の思い込みをなくして、もっと双方の役割分担をバランスさせることによってともに双方の負担を減らしていくことである。

(モデレーター)
  • 小林先生のお話の中に、将来は非正規雇用と正規雇用との間の所得の再配分を施策として考えなければならないとの指摘があったが、八代先生のいう調整過程とは矛盾しないと考えて良いか。

(小林)
  • 矛盾はしない。そうすることによって所得の再配分というか、調整をしながら全体の底上げを図るようなことを考えていかないとならない。

  • 97~98年は超就職氷河期、春闘も100円玉春闘と言われた時代であり、新卒採用を抑制したが、企業には高卒18歳、大卒22歳を40年間も雇用し続けることに対する不安感、恐怖感があった。企業寿命30年の時代であり、循環的な不況ではなく構造的な対応を考えなければならなくなった時期で、元に戻ることはないとの労使共通の認識が雇用のビヘイビアを変化させて、本格的にこの時期から日本を代表する企業の製造現場でも請負労働者を活用するようになってきた。

(モデレーター)
  • フェルドマンさんの話の中で、雇用慣行の変更と40歳定年説の導入の提言、また、今後の少子高齢化の中での企業の資本装備率と利益確保への行動の変化の指摘があったが、雇用市場は今後どのように変わるべきなのか。

(フェルドマン)
  • 高度成長期は所属が中心で、その企業にいるかいないかがポイントだったが、所属中心的な原則をそれぞれの労働者及び企業が変えないといけない。労働者のスキル、企業が必要とする人材、その両方で雇用を考えるべきで、正規社員と非正規社員、生産性の高低、賃金の高低などの区分・評価をうまく1つの枠組みの中で考えないといけない。

  • 金融の分野ではリスクとリターンを考える。非正規社員は低賃金なのでその2点とも企業にとって都合がいいので当然需要が増えるが、これからは企業にとっても労働者にとっても自分のリスクリターンプロフィールを考えるべきで、そういう市場を作ることがポイントとなる。

【会場との質疑応答】

(聴衆)
  • 日本の場合の非正規というのは、パートタイムといっても別にパートタイムではない。正社員と同じような働き方をさせられている状況、パートタイムの女性もかなり高学歴、正社員で働いていてパートにならざるを得ないというような状況もあり、技能がきちんと使われていない。正社員と非正規という今の分け方が、労働者の能力を生かす上で問題を抱えている。

(樋口)
  • パートといっても仕事の内容は多様であり、正社員に近い職責・職務を担っている者がいる一方で簡単な仕事を任せられているパートもいる。責任の重い仕事、高度な仕事は任せられないというような経営者側の思いがあって、正社員と同じような職責を担うことができないといったことが事実問題としてある。

  • 非正社員といってもパートなのか、請負か派遣なのかでかなり違っている。パートの場合には雇用主が正社員と同じで、同じ職場で働き、企業の利益が上がるとフィードバックが起こってくるが、派遣、請負は同じ職場でも雇用主、会社が違うことから派遣先の収益が上がっても給与をアップするというインセンティブが請負先、派遣先にはない。賃金が労働市場で決まってくるが、一方では企業収益を反映して賃金が決まってくるという分断化で、従来の非正規社員の議論とは大分違ってきている。

  • 正社員ついては企業の生活保障の対象となり、非正社員は保障の対象にならないという会社と労働者間の関係の違いが、問われている。

  • 3. 第2セッション

(モデレーター)
  • 労働ビッグバンについては、複線型でフェアな働き方を実現するような労働市場をつくっていくというのが一つの大きな流れであり、改革についての議論が始まったばかりである。

【プレゼンテーション】

(八代)
  • 雇用賃金をより増やすためにはどうするのか、その基本は規制強化ではなくて成長促進であり、成長力を高めて雇用需要を増やすのが最大のポイントである。財政を拡大して雇用需要を増やすということは非現実的で望ましくない。

  • グローバル化に対応した競争力の向上においては、まだ内向きの保護を求める産業が多いが、これからは輸入、対内直接投資をテコにして国内産業の競争力を上げていくことが必要で、新規参入への阻害を除去していかなければいけない。

  • 労働市場では、低生産部門から高生産部門への労働移動を促進させることで労働者の所得も増え、経済全体の生産性も上がっていく。労働市場の改革が必要であり、現在の労働法制では今後の低成長グローバル化の時代、高齢化の時代に対応できない。

  • 今の雇用慣行は基本的に女性が働かないことを前提にしており、世帯主が家族を、その家族を企業が、その企業を政府が保護するという3つの保護の構造からなっている。他の先進国と同様に女性が能力と意欲に応じて男性と同じように働くのが当たり前のシステムにすべきで、労働市場における様々な障壁を撤廃する必要がある。

  • 性別や雇用形態による壁で、正社員、非正社員の格差がある。正社員の雇用保障は非正社員の雇用調整を前提に行われている。また、正社員の内でも大きな男女間賃金格差の主因は主として年功賃金であって、職階の問題もあるが女性には重要な仕事は任せられないと思っている企業が多い。労働時間の長さが生産量に結びつくという考え方でなく、短時間でも効率的に高い生産性を上げるような働き方にすれば男女間の働き方の壁というのはかなり小さくなっていくことから、パートタイム等、多様な働き方を含めた共通ルールが必要である。

  • 今までは雇用保障があるかないかだったが、共働き世帯が一般化してくると、雇用保障よりも職種、働き場所を選びたいというニーズが非常に強くなる。子育てと両立する働き方、あるいは障害者のニーズに合った働き方についても、現在の雇用慣行が長時間でも働ける世帯主労働者を想定していることにあり、転職の容易な職種別労働市場の形成、多様な働き方に中立的な税、社会保険制度が求められる。

  • 今後の高齢者社会においては、高齢人材が増えることからこれらの者を活用しなければ労働市場も日本経済も成り立たない。日本の企業が定年制を必要としているのは、定年になるまでは能力が不足しても解雇できないという別の制約からである。企業と労働者のニーズがマッチしていないときには、企業がしかるべき手続きに基づく一定の代償措置をとることで雇用契約を解消することができるようになれば、定年制も不要となる。

  • 官民の壁ということでは、官に偏っている職業訓練や紹介の仕組みの民間への開放であり、市場化テストを拡大して官民が連携することで効率的な職業訓練の仕組みが求められる。

  • 大学以前の学校教育がもっぱら大企業に就職するための受験勉強というのでは非常に非効率的であって、社会で使える職業訓練と連携する必要がある。教育改革は基本的にいえば労働市場の改革と連携しなければ効果はないのではないか。

  • フリーター、ニートへの就業支援については、たまたま大学や高校を出たときが不況であるとその影響がずっと続いてしまう人々を重点にする。中途採用の機会が拡大することが大事で、これは成長を高めると同時により流動的な労働市場をつくる必要がある。

(小林)
  • 第一セッションで雇用の非正規化が進んでいると言ったが、非正規労働者といってもパート、請負、派遣、契約社員とおり、企業が非正規労働者を活用するメリットを考えると、雇用をテンポラリーに使うというところにその本質がある。

  • すべてを正規労働者にという議論もあるが、非正社員や臨時職員を根絶やしにしてしまったのでは、安価な商品が造れなくなり、住民サービスも出来なくなるというのが2000年代に入ってからの新しい産業実態である。非正規労働者の存在を認めた上でなるたけ安定的な雇用と処遇を考えなければいけないというところに来ている。

  • 今度の偽装請負問題は、法律の不備の狭間で起こった。派遣法改正でどこか規制を強化すれば必ず市場ではほかの規制の緩いところに雇用がシフトする。パート労働法、労働者派遣事業法、家内労働法などの非正規労働法が幾つかあるが、規制を強化するのであれば一括して全体を規制することで、個別でなく一本の保護法をつくって処遇の改善を図っていくことである。

  • もう一つ、均等待遇の問題である。ある労働組合が来年のボーナス要求を年間260万円にすると新聞記事に出ていたが、派遣や請負労働者の1年間の年収より多い。全体として非正規労働者といわれる労働者の賃金と処遇のアップが必要となる。最低賃金だが、現状の最賃は東京の最賃をみて地方の最賃が決まっているので、全体を引き上げていくというようなことをしながら、一方で、非正規労働者の雇用状況の改善も図っていく必要がある。

  • 非正規労働者の天下三分の計である。1,600万人いる非正規労働者の3分の1は正社員化することが可能で、次ぎの3分の1は非正規のまま均等待遇の徹底を図っていく、残る3分の1は能力的にちょっとの人、もっとフリーに働きたいという人たちが残ると思う。ここの層はある一部分、外国人労働者や研修生、技能実習生だとかの労働市場が重なる部分も多いので、最低賃金を底上げするということでカバーしつつ、他方で技能訓練、就学援助や生活保護とか社会のセーフティネットで支える層になってくる。1,600万人をどうするのだというよりは、それぞれに対してやるべきことが分類してできるので、スムースに雇用政策が展開できる。

  • そうすることで、先に問題提起した年収300万円以下層の人たちは100万円ぐらい下がっているから元の層に戻す。それには、700万から900万円ぐらいの層から100万円ずつとってくるという「日本版ワークシェアリング」を考えている。政労使のトップで合意した形で進めていく方策が必要であり、所得全体の平準化を図って中間層を回復させるというのが、格差是正と社会の安定につながる。

【自由討議】

(モデレーター)
  • これからの労働市場の改革について、八代先生からは労働ビックバンの提案という提案があった。そこでは労働市場の壁を取払い、規制緩和によって労働市場のモビリティを高め、より効果的に労働力を配置できるような労働市場をつくることを目指していると理解するが、一方では格差がより大きくなる可能性がないのかという恐れがある。

  • 小林先生からは、ある種、労働市場を労働の職能、もしくは非正規、正規含めてある意味での分類化をすることによる日本版のワークシェアリングというような一つのセーフティネットの考え方について指摘があった。

(樋口)
  • 労働ビックバンが必要かどうかは内容によるというのが結論である。現在、パート法、労基法、契約法、労働時間規制も含めて労働関係の法律改正が個別に進んでいるが、全体のビジョン、今後どのように労働市場を考えていくのか、なぜ今この部分を変えていく必要があるのかの議論が欠落している。ビックバンというものが全体像として見えていく方向であれば、必要ではないか。

  • もう一つ、格差の問題については、98年ぐらいから急に非正規社員が増えてきた背景に成長率の問題や企業経営者の将来見通しの変化があったことは間違いないが、同時に規制緩和、改革といったものを考えていったときに幾つか疑問に思う。

  • 労働者派遣法についての緩和では、職種の拡大、期間の延長というものが当時の雇用の拡大、ジョブ・クリエーションにとって必要だというような認識では一致していたが、ヨーロッパの場合は同時に均衡処遇が強化され、格差拡大に対応しようとした。パート法については、遅まきながら今そこが議論になってきた。

  • 問題は、日本には職種別の労働市場が存在しないことで、職種あるいは職責が同じならば企業の違いを超えた均衡処遇を求めることがヨーロッパでは行われている。市場が存在しないため、賃金がむしろ個別の企業によって決まっているところが、非常に大きな障害になっている。外部労働市場の構築が雇用戦略として必要であり、職種別の外部労働市場を形成することを考えていく必要がある。個々人の職務もはっきりしない上でホワイトカラーエグゼンプションの議論がなされ、現実化となれば労働市場の混乱を招く可能性がある

  • ステップ・バイ・ステップであり、個別企業においてまず職務、労働者に何が期待されているのかを明確にさせていくことがファーストステップとして必要であり、それに応じた外部労働市場における社会的な能力評価の問題も必要になってくる。均衡処遇というお題目だけで具体的な対応ができないというのが現状ではないか。それを改めていくための雇用戦略をつくることをビ ックバンの中で検討していただきたい。
    (注)次のパラグラフは、本人の要請により発言を明確化するため、概要の段階で追加した。

  • 実態社会を考えると、整理解雇規制の緩和からはじめるのか、それとも職種別外部労働市場の  構築から始めるのか、その手順が重要ではないか。転職コストが高いまま、解雇の規制だけが緩 和されると、国民の不安が高まり、抵抗感は強まらざるをえない。

(モデレーター)
  • 雇用戦略という場合の戦略の担い手はどこなのか。

(樋口)
  • 政府ということではなくて、社会全体として考えていくべきである。個々の労働者の役割、企業としての役割、企業の連合体としての役割などもある。自治体の問題も今は大きな問題であり、地域間格差にも触れたが、従来のような公共事業による全国一律の雇用の受け皿は考えられない。地域の雇用戦略については、プレイヤーがそれぞれ担うべき役割というものがあってそれを着実に進めていくことであり、全体として市場改革ということが必要となる。

(フェルドマン)
  • 格差問題は、単に賃金格差だけでなく生産性についても考えるべきである。生産性の高低による賃金格差は存在すべきで、生産性を忘れて議論することは駄目である。何のために改革をするのかを前提に議論することがポイントである。

  • もう一つは、仕事を守ることが目的なのか、仕事や雇用を創造することなのかは非常に大きなポイントである。現状維持を望む人が大勢いるが、そういう世の中ではない。生産性が上がっているならばネットベースで賃金が上がっているはずで、クリエーションとプレザレーションという二つがあるが、創造に重点を置くべきである。

  • 経営者の労働市場が必要である。労使の議論になると使だけを考えて労の方を考えない駄目な経営者が多い。彼らのための市場をつくって経営者の労働市場を流動化させることで、労働者の改革もできる。

(八代)
  • 労働ビックバンは金融ビックバンとの対比である。金融ビックバンは、基本的に銀行、信託、証券が同じ金融市場でありながら垣根が非常に高く、市場の効率性を妨げているという発想から垣根を取り払うことにあった。労働の世界も個別法による縦割りの世界であり、本当に労働者のための法律なのかがポイントである。

  • 高成長の時代は企業にしがみついていれば外部労働市場に出るよりはよかったが、これからの低成長の時代では企業も雇用を守れない。一番大事なことは、職種別労働市場の中で企業が倒産、あるいはリストラになっても別のしかるべき仕事に就くことが容易となることである。外部労働市場が未発達というよりは、これまで規制が市場の発達を妨げてきた結果である。

  • 労働者の賃金、労働条件を改善するための方法は二つで、組合に入って集団交渉によって賃上げをするか、別の企業に移ることによって賃金、労働条件を改善するかであるが、日本の労働者は後の手段を断たれていた。外部労働市場を悪と考えて妨げるような様々な規制があったが、これを逆転させることが大事である。

  • 賃金格差が問題になっているが、大企業と中小企業との格差は非常に大きい。労働市場の以前に、大企業は中小企業の低賃金を利用して系列取引等で利益を上げてきたわけで、職種別労働市場が発達すれば労働者間の格差は是正される。これは規制緩和ではなく規制改革であり、労働市場の壁、雇用慣行もあるが、それを撤廃することは格差の拡大ではなくて、縮小に結びつく。今の格差問題というのは、いわば年功賃金など既得権を持つ大企業の労働者が、真の弱者をだしにすることで、自らの既得権を守ろうとしているという面もある。

  • セーフティネットが大事で、単に最低賃金制度だけではなくて職業訓練も必要である。大企業に入らないといい熟練が形成されない、能力が高まらないという状況をやめて職業訓練の機能を外部化する。今のハローワーク、公共職業訓練ではなくて民間の知恵を活用した形で、政府が職業訓練、無料の職業紹介に責任を持つが、実施主体は民間でもよい。民間の方が多様な知恵を活用して訓練と紹介を一体化して生産性を上げることで、よりよいマッチングを果たす。

  • 民間の職業紹介・訓練の活用が、生産性を上げることにもなり、経営者だけではなくて、様々な労働者についてそれぞれの労働市場をつくっていくことが、生産性との見合いで格差の拡大ではなくて縮小につながる。賃金を上げるためには生産性を上げることで、そのためには賃金を上げる必要があり、それを公的に支援するというのがビックバンの一つのイメージである。

【会場との質疑応答】

(フェルドマン)
  • 外部労働市場をつくらないということはある意味で特権が自分を守るためではないかというコメントだったが、この中の特権は誰に該当するのか。これからの改革にこの認識をどうやって生かしていくのか。

(八代)
  • 外部労働市場を排除していたのは、大企業経営者と労働組合である。経営者は自分の費用で訓練した労働者を逃がさないための賃金体系をつくってきた。労働組合の方も同じである。民間の職業紹介ビジネスが発展すると組合の商売敵になるが、労働者にすれば組合に依存するか民間の紹介ビジネスに依存するかの二者択一なので、両方の選択肢を提供すべきである。労働組合も市場競争の場で人材ビジネスと競争すべきで、企業も組合もこれからは競争が必要である。

  • もう一つは系列の関係であり、大企業とその労働者が賃金の低い中小企業をうまく使うという一種の差別化によって消費者余剰、生産者余剰を最大限にしてきた。高い経済成長の下では内部労働市場自体を非常に効率的に維持できたが、高い成長期が終わりそれを維持できないにもかかわらず制度を変えていない。

  • この問題を打ち破るための利害団体として、一つは特権的な企業内労働市場の外にいる人たち(特に女性、高齢者)であり、再チャレンジ政策はそういう人たちをターゲットにしている。

  • もう一つは正規雇用保障の代償が余りにも大き過ぎる。慢性的な労働時間、頻繁な配置転換、転勤など、共働き世帯にとっては大変苦痛になっている。こういう様々な圧力を企業の人事部も労働組合も十分に吸い上げていない。

  • 労働ビックバンは政府が勝手につくるものではなく、政府が多様な労働契約がつくれるような条件を整備した後、企業と労使とマーケットの需給関係で望ましい契約をつくっていくことを期待している。政府はセーフティネットをきちっとやり、内部労働市場から利益を受けていない人たちが団結することで、内部労働市場の既得権の壁を打ち破るというようなことが大事である。

(モデレーター)
  • 失われた10年、15年という日本経済の中において労働市場は非常に大きな構造の変化を遂げてきており、グローバリゼーションと競争、少子高齢化と人口構造の変化を背景に今までの日本的な雇用市場から大きく変わらなければならない局面に来ている。賃金上昇につながらない企業利益、消費の伸び悩みといった問題を前向きに変換していくことで、成長を確保するというのが本日の先生方の意見である。

  • 労働市場の形成については、従来の市場における既得権益を排除し、労働者の生産性に見合った雇用、賃金を確保するような形を創り、一方で弱者に対するセーフティネットも整備をするという形での改革が必要である。労働ビックバンは、単なる規制緩和でなく、市場における様々な規制を改革することで格差を縮小し、より成長を遂げられるような日本経済の構造を労働市場においてつくることが最大のねらいである。

(以上)

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